ご法話

トップページ > ご法話

2015年7月の法話

安処

原田英道 本願寺派布教使 志摩組 戒宝寺

安処という言葉を親鸞聖人は、お浄土の異名として『教行信証』の(真仏土巻)に引用されています。豊島学由師は「救いとは、私の居場所がある事」と申されました。

NHKが2年連続して、特集番組『無縁社会』を放映した際の、年間孤独死3万2千人は衝撃的でした。

東京オリンピックが開催される前の昭和30年代の日本社会には、「狭いながらも楽しい我が家、向こう三軒両隣」の風景がありました。

しかし今や、殺人事件の54%は家族間によるもの、そして街の至る所には「不審者に注意」の看板が立っています。

どうしてこんな社会になったのでしょう。
前門様はその著書『愚の力』に「心を滅ぼさないと物は栄えないのではないか、心を滅ぼしたからこそ物で栄えられたのではないか」と述べられています。

2013(平成25)年オリンピックの東京誘致のプレゼンテーションで、フランス出身の滝川クリステルさんが「おもてなし」という言葉で、日本人の心をアピールして好評を得、誘致が決定したとも言われています。

佛教婦人会が主催している交換学生が、日本の家庭にホームステイした時に一番感心した事は、「自分の国アメリカでは自己主張をするのが当たり前であるが、日本の人は自分の事よりも、周りの人の事を先に考えている事」だったそうです。

居心地の良い処には、人が多く集まると言います。お浄土は、阿弥陀様の願いによって建立された国土です。しかし仏様の願いは、私の願いでもあるのです。

先日、ある布教使さんが、「仏法を聞くという事は、仏様の心(願い)に生きようとする私になる事」と申されました。

お寺は、おいでになる方にとって、居心地の良い、お浄土のお荘厳が必要なのでしょう。

このページのトップへ