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2016年2月の法話

私が生まれ往く世界

鷹取直道 本願寺派布教使 鞍手組 明元寺

お浄土を表す本堂の内陣やお仏壇のおかざりの中でも、蓮華(蓮の華)をモチーフとしたものは目にすることが多いのではないでしょうか。これには様々な味わいや意味が込められていますが、その中の一つとして、お浄土に咲く蓮華は先立っていかれた方々が阿弥陀様のおかげでお浄土へと生まれ仏と成り、今まさに私のところに届いているはたらきをあらわすのだという話を聞かせて頂いたことがあります。

以前、研修ではじめて大分の別府別院を訪れた時のことです。本堂に入るとまず目にはいったのは、内陣の壁一面を彩る鮮やかな青色と、たくさんの蓮華(蓮の華)で表現された蓮池の絵でした。

ご本尊に手を合わせ、あらためてその絵をじっくり見てみると、どうやら描かれている蓮華の中には、すでに華開いているものや、つぼみのものがあることに気づきました。その時私は単純に、「全部満開で咲いている方がもっと綺麗なのでは?」などと考えてしまいました。

しかしその後、以前聞かせて頂いたお浄土の蓮華の意味を思い出し、「蓮池で既に咲いているあの蓮華は、時代を超えて今この私にお念仏を伝えてくださった先輩方であり、私もまた同じように阿弥陀様のお浄土へ生まれさせて頂く身であることのあかしじゃないか。」「私がこの世の縁尽きたその時こそあのつぼみが華開くときだ。蓮華という私の生まれ往く場所はもうすでに、咲く準備が整っているんだな。」と気づかされた出来事でした。

阿弥陀様が完成してくださったお浄土とは、他の誰でもないこの私が生まれ往く世界であり、決して他人事ではありません。

自分では決して仏になれない、それどころか仏教を知ろうとも思わないような私のために、阿弥陀様はお浄土参りの準備をすべて整えてくださいました。そして必ずお浄土へ生まれさせるぞと私に喚び続けてくださっています。

阿弥陀様のはたらきと、お念仏を伝えてくださった多くの方々のご縁によって今この私がお念仏申す身とならせて頂きました。この世の縁尽きたとき、私もまた同じお浄土へと必ず生まれ往く人生を今、生きさせていただいているのです。

他人事ではない、この私が生まれ往く教えを聞かせて頂きましょう。

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