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2016年7月の法話

報恩感謝

井上浄英 本願寺派布教使 那珂組 真教寺

今年の九月に祖母の七回忌を迎えます。八十八歳でのご往生でした。九月十七日が祥月命日です。実は前日の十六日、お寺の定例法座があり、祖母はいつものようにお参りをして、ご門徒様と一緒に「正信偈」のお勤めをしました。しかし、その晩に体調を崩し、臨終を迎えることとなりました。あまりにも突然でした。

振り返りますと、父である住職は、母である祖母との突然の別離のご縁に、「何で…」「どうして…」と、家族の誰よりも受け入れ難い姿がありました。また、通夜や葬儀の準備もありますから、悲しいけれども、涙を見せない姿がありました。ひょっとしたら、私たち家族の見えない所で、一人で泣いていたのかもしれませんが…。

通夜のお勤めが終わり、家族みんなが少し落ち着きを取り戻してきました。そして、自然と祖母の話になりました。その時、涙を堪えていた住職が、自分でこの言葉を発した途端に涙が溢れ出てきました。それは、「おふくろの作ったお味噌汁、美味しかったな~」でした。「美味しかったな~」と、何度も何度も言いながら、泣き崩れていきました。そして、みんなで「美味しかったね~」との大合唱となりました。

住職が「美味しかったな~」と口にしながら涙を見せたその姿から、私はこのような味わいをさせていただいています。「美味しかったな~」と言わせたのは、味も美味しかったと思いますが、お味噌汁に母の『恩』という味が詰まっていたからこそ、「美味しかったな~」と言わせたのではないかと…。

子どもの頃から、当たり前に食べていたお味噌汁、お味噌汁を作り続ける母の姿がそのまんま、「私はここに居るからね」「何があっても、いつもあなたと一緒だよ」という、親心で溢れたお味噌汁でした。「美味しかったな~」との姿は、親の恩が届いた証拠でありました。住職の「美味しかったな~」との涙の姿は、悲しみの中にもお別れの涙ではなく、親の恩に出遇い、『ありがとう』との、よろこびの涙だったのでありましょう。

『南無阿弥陀仏』とお念仏申すこの姿がそのまんま、阿弥陀さまの『私はここに居ますよ』『あなたが大切だよ』との、お慈悲のおこころが届いた証拠であります。この私の存在そのものが阿弥陀さまのご恩、仏恩のはたらきの根源であります。

『ありがとう』がいっぱいの一日一日に出遇いながら、お念仏とともの人生を生きて往きましょう。

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