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2017年2月の法話

味わい深める

星野奏真 本願寺派布教使 鞍手組 真教寺

夕方のお参り。4歳、小学2年、小学4年の娘たちと仏前に座ります。
誰がお鈴(りん)を叩くかで桴(ばち)の取り合いこ。
何とかお参りを始めても、娘たちはそわそわ、落ち着いてお参りをしません。
ウロウロ、キョロキョロ、ツンツン、・・・など。
親としては、ちゃんとお参りをしてほしいと思うのですが、よくよく考えると、自分の幼少時期の姿と重なり、あまり厳しく言えません。

有難いことに、時折、「なんまんだぶつ」のお念仏やお参りの声が仏間に響きます。それ以上に多言も多いのですが、まずは仏前に共に居合わせるだけでもいいのかな。と娘たちを見守っています。

そんなお参りで、4歳の娘が発する言葉が気になります。
お参り後、その場を立ち上がると同時に、「よっこらしょ!」と声を出します。その声は4歳の子の発する言葉としては不自然ですが、発し方はごく自然。あまりの自然さに驚きました。
「よっこらしょ!」。
突然、娘の中から起こった言葉ではないはずです。
その時、後ろの母(娘からすれば祖母)から「よっこらしょ!」。犯人はすぐ近くにいました。

ふと考えました。
娘の口から出る「なんまんだぶつ」と「よっこらしょ」。娘の中でそれぞれにどれ程の味わいがあるのだろう。

あまり変わらないかもしれません。しかし、同じ口から「なんまんだぶつ」と「よっこらしょ」。味わいはそれぞれこれから深まっていくのでしょう。

私たちも、日常に多くの言葉を発します。もともとは私の中にはなかった言葉。味わいも薄かった言葉。しかし年月を経るごとに、この身に定着し、味わいも深まってきました。

さて、これから、どんな言葉をこの身に置いておくべきでしょうか?
お寺にご縁をいただきました。仏教、浄土真宗のご縁をいただきました。
その中心のお言葉「なんまんだぶつ」。
阿弥陀さまが名のすがた、声のすがたで私の身に来てくださってありました。
「そのままこいよ」のお喚び声。
いつでもどこでもどんな私も大切にしてくださる阿弥陀さま。
「なんまんだぶつ」。
心を寄せて味わい深めるにふさわしい最上のお言葉のようです。

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