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2019年9月の法話

宮商和の阿弥陀さま

西山隆真 三門南組 善福寺

清風宝樹をふくときは
いつつの音声いだしつつ
宮商和して自然なり
清浄薫を礼すべし(『浄土和讃』/『浄土真宗聖典註釈版(第二版)』p.563)

今回のご讃題は、宗祖親鸞聖人がお書きくださいました「浄土和讃」の一首よりいただきました。お浄土の世界のなかでは、本来であれば決して調和することのできないとされる宮と商(※)の二つの音が争うことなく、自然に調和して清々しい音を奏でるとされています。親鸞聖人はそうしたすべての音を調和させる阿弥陀さまのはたらきを「帰命せよ」「礼すべし」と、このご和讃のなかで味わられたのであります。

お聖教を拝読するということは、それはいまの私の姿を映し出す鏡のように、この私の偽らざるありのままの姿が知らされていくと善導大師は示されました。

私たちの日常というものは、互いの存在を認め合い、互いの悩みや問題などを自然に助け合うことが果たしてできているでしょうか。悲しいことですが、現実の私たちは、互いにぶつかり合い、耳障りで、落ち着かない音とされる本来の「宮」と「商」の不協和音を奏でているのではないでしょうか。私たちはたとえ生前に多くの社会的富と名声を保持し続けた人であったとしても、この世の命が終わるとき、何の区別もなく、すべて脱ぎ捨てていかなければならないのです。いずれ終わっていく命であるとわかっていたとしても、この現実を受け入れることができないことこそが私たちの本当の姿ではないでしょうか。

鏡をいつも磨くことによってきれいに映るように、お聖教もまた拝読し続けることによって、迷い続けているこの私の進むべき道が明らかにされていくのです。

※宮と商の関係について
宮(きゅう)と商(しょう)はそれぞれ五音(ごいん、この和讃では「いつつの音声」と記されている)という聲明(しょうみょう)で用いられる音階名のひとつです。それは1オクターブを5つに分け、それぞれを宮・商・角(かく)・徴(ち)・羽(う)と名づけています。つまり宮→商→角→徴→羽と音を上げて行き、もう一つ上げると一オクターブ上の宮となります。西洋音楽の音階(ドレミ)で宮と商との関係を例えると、仮にハ長調で宮をドとすると商はレになり、これを同時に弾くと本来であれば不協和音となり、調和することがありません。

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