浄土真宗本願寺 福岡教区

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みんなの法話

村上弘幸 本願寺派布教使 北豊教区 小倉組 安楽寺

 亡くなった方について思う事を「偲(しの)ぶ」と言っています。漢和辞典で偲の意味を調べてみますと、「①かしこい、②つよい、③(国)しのぶ」と、このように解説されています。偲の本来の意味は「かしこい」と「つよい」で、「しのぶ」というのは日本で使われ方のようです。

 亡くなった方を思う事を通して「かしこい」という意味を考えてみますと、亡くなった方を偲ぶ事を通して、生前中に気付けなかった大事な事に気付かせていただくという事があります。また、奥深くて温もりのあるお慈悲に気付かせていただくという事もあります。「賢くなる」というよりも、「己の愚かさに気付く」や、「ご恩に気付く」と言った方がいいかもしれません。

 次に「つよい」という事ですが、私達が日頃口にしている食事は多くが生き物で、命を終えた状態で体に吸収されます。それが栄養となって私達の体を支えてくれています。亡くなった方を偲ぶ事を通して戴いた心というのが、私の支えとなっているという事もあります。
 土の中にはそれまで生きてきた生き物が残してくれた物が多く含まれています。木はそこに根を下ろして、それらを恵みとして受け取っています。大地に根を張り巡らせている木ほど、簡単には倒れません。また、幹を切られたとしても、根がしっかりしていれば新しい芽を伸ばしていきます。ここに木の力強さを感じます。
亡くなった方を偲ぶ事、心の根を下ろして戴いた心というのが、困難な事に耐えていく力や、挫折しても立ち直っていく力になる事があります。

 仏教は今から二千五百年程前にお釈迦様が残してくださった教えです。浄土真宗は今から八百年程前に親鸞聖人が残してくださった教えです。教えを聞いたからと言って、強くなれたり賢くなれたりできるという訳ではありません。しかし、お二方が残された教えに心の根を下ろすことによって、迷わずに道を歩む事ができています。そしてお二方がお説きくだされた阿弥陀様という仏様は、この上ない智慧と揺るぎない心を、この私に届けてくださっています。